そ の 他 中部地区 

焼津 藤枝 島田 掛川 森町 旧岡部町

藤枝の大茶樹(藤枝市)




藤枝市大久保
大久保グラススキー場の先の畑の中に
ある

樹高4.5M
周囲20.0M
樹齢200年

瀬戸谷の平口家が200年前種を植えた
もの県下でもトップクラスの大きさ

つぼみと小さな花をつけていた 
写真左
アクセス
鼻崎の大スギから車で15分
大久保キャンプ場とグラススキー場の
先にある


1999,12,27撮影


伊達方のマキ(掛川市)


アクセス
掛川市伊達方字大泉寺    
渡辺方
大ヒイラギと同じ所
建物の裏側
掛川市保存木




2000,2,13撮影

金比羅公園付近の大木(藤枝市)


クス




エノキ


金比羅公園の満開さくら

アクセス
藤枝の旧道を行き瀬戸川を渡り金比
羅山に向かうサクラのトンネルの回廊
にある
クスは300年くらいは経っているであ
ろう そのすぐ先に落葉樹の大木(名
前不明)がある エノキは金比羅山を
すぎた川沿いに2本ある
金比羅山のサクラは満開であり、小
雨の中しっとりと時を刻んでいた 
写真左
2000,4,10撮影

2000,5,10再訪問 上記で不明と
した木が判明した ヤナギであった
しかし残念なことに最近枯死したよう
だ ヤナギでこれほどの大木は珍し
かったのに


大津忠魂社のクス(島田市)




島田市落合
大津忠魂社

樹齢は300〜400年はあるだろう

アクセス
大草の慶寿寺のシダレザクラを見に行く途中
手前左に聳えている


2000,4,10撮影
再訪
周りのお寺をいくつか回ろうとやって
来た。丁度昼時になったので、社殿
を借りて食事をする。
その間に、メジャーで実測を行う。
目通り 6.95M
樹高 20.0M
表の方から見ると縦に大きな空洞
がある。しかしこれが今のところ樹
勢を衰えさせていることはなさそう
だ。

2011,2,1撮影


宗乗寺の三大松(藤枝市)




藤枝市
宗乗寺

樹齢480年
アクセス
田沼街道JR地下道手前東に入りすぐ

2000,6,4撮影

猪之谷神社のナギ(焼津市)
いいのや




焼津市方ノ上
猪之谷神社 神社の一番奥手にあ


焼津市指定天然記念物
S44,12,17指定
目通り2.25M
樹高16.0M

岡部町廻り沢から鞍掛峠を通り高草
山へ登り花沢からたかくさ街道に抜
ける途中偶然見つけた

焼津市の木は当ホームページ
初登場

アクセス
焼津岡部線(たかくさ街道)永田酒店の所
50M入る

神社には鈴鏡のでた古墳がある 写真上


200,9,2撮影

高草山の1本スキ(焼津市)




焼津市高草山

樹高20.0M

見たところそれほど古くはないようだ
山頂下富士見峠のすぐ近く
近づこうとしたが、チャ畑に道はなく、半ズボ
ンのため根元調査断念 この木は農作業の
人が教えてくれた
焼津市の木は少ないので載せました

高草山岡部町側中腹登山道にも1本スギが
ある。これも歩いてみたが今回は見つからな
かった
アクセス
焼津駅より車で30分
高草山山頂近く
高草山の道は迷路のように何本も
道がいりくっているので注意




200,9,2撮影

横内白髭神社のクス(藤枝市)




藤枝市横内
白髭神社

目通り5.0M
樹高25.0M
樹齢400年 推定

豊臣の家臣池田という人が、朝比奈
川を改修し横内村を開いた際、故郷
の近江国滋賀郡の白髭神社の祭神
をいただいて造った神社 1594年
立派な碑文あり
クスは当時のものであろう

安倍川中流に沢山ある白髭神社も
同じ系統の神社でしょうか?
アクセス
国1バイパスを岡部町で国1で降り
焼津に向い100M、左側に大きな
木が見えてくる









2000,9,2撮影

愛宕神社のムクノキ(藤枝市)







藤枝市本町690
愛宕神社

目通り3.5M
樹高20.0M

この神社は宝永3年頃の建立
上記のムクノキのほか2本ある
古いムクノキの特徴である板状根が
発達している
またエノキ目通り2.5Mやケヤキなど
がある
アクセス
藤枝北高校正門北を入り、最初の
交差点を左折






2000,9,16撮影

中藪田のヤマモモ(藤枝市)




藤枝市中藪田
福井さん宅

4本
目通り1.5M
樹高10.0M
樹齢200〜300年 推定

ヤマモモは伊豆にはあるようだが、
この地では珍しいような気がする
おばあさんの話では樹齢は分から
ないが、昔の仏壇に寛永の文字が
書いてあったそうな。370年ほど前
である。この木はそれほど古くはな
いかも知れない
実は門の両脇2本が成り、隔年の
6月に成る。今年は沢山成ったが、
パサパサして食べられなかったそ
うだ
他に門入口に樹齢100年位のツ
ツジの大木がある
4本もあることと静岡では少なくな
った屋敷林といえるだろう
アクセス
藤枝バイパス藪田東インターより北
へ車で3分
清里団地東
この通りは大木が植えてある民家が
多い
隣の家にはエノキの大木がある
その隣にはキンモクセイと見られる
大木が門入口にある


2000,9,26撮影


瀬戸川畔のエノキ(藤枝市)




藤枝市志太3
瀬戸川畔

無指定
目通り3.0M
樹高20.0M
アクセス
勝草橋渡り左折、50M


2000,6撮影

助宗大井神社のスギ(藤枝市)





藤枝市助宗
大井神社

スギ 社殿前
無指定
目通り5.5M
樹高25.0M
上で3本に枝分かれ
根元は大きく空洞になっている
樹齢は300〜400年はありそうだ


アクセス
花倉から助宗に行く道の瀬戸川
手前右

2001,6,1撮影

カヤ 社殿裏 写真下
無指定
目通り3.0M
樹高25.0M
スラッとしたカヤである


2001,6,3再撮影




平島藤井神社のクス(藤枝市)





藤枝市平島
藤井神社

クス 無指定 社殿裏
根周り15.0M 看板に8間5尺と表示
樹高20.0M
樹齢500年以上 推定

根元は相当太いが完全に空洞になって
おり、主幹は相当前に枯れてしまったよ
うだ。根元の上に2本の細い幹が生えて
いる。空洞に石塔が沢山安置されている。
この神社は奈良県丹生川上社より分社
されたようだが、創建の年は不明。但し
再建の棟札の古いのは1600年頃である
瀬戸川や葉梨川の氾濫を鎮めるための
水神である。
このクスは1600年の再建より古い創建
当時のものかもしれない
神社には他にシイの大木目通り2.5M
(写真左)がある

アクセス
R1大手交差点から南に入り、焼津信金
の所を左折する

2001,6,13撮影


月見里神社のクス(藤枝市)





藤枝市藤枝3丁目
月見里神社

S61 藤枝市指定天然記念物
目通り9.1M
樹高19.0M
樹齢500年以上 推定
根元上5Mで主幹が2本に分かれている
向かって左は10Mのところで折れている
根元は直径3Mと2Mの楕円である
樹齢は相当古いと思われる
看板が綺麗なのは気持ちがいい

アクセス
商店街の交番より北へ100M
この辺は平地でよく月が見えたので
月見里と言われたそうである

2001,8,3撮影

 
市天然記念物のクス                鳥居近くのクス
鬼岩寺の宝篋印塔を見た後、表通りに
来ると交差点の向こうに大きな木が見え
た。近くによると10年前に見た月見里
神社の大クスであった。
根元に近づくと確かに大きい。こんなに
大きかったのかと認識を新たにした。
メジャーで計ると目通り8.35Mであっ
た。どうした訳か表示より僅かに少なか
った。
鳥居の近くにもう1本のクスが立ってい
た。今回こちらを追加した。


2011,1,25撮影



はしか稲荷のスギとシイ(旧岡部町)





岡部町入舟
はしか稲荷

スギ 無指定
目通り 4.0M
樹高 25.0M
シイ 無指定
目通り 3.5M
樹高 20.0M

焼津市で知り合った岡部町の村越さん
に樹木見学の趣味があると話すと自分の
町にも樹齢600年と言われるスギがある
というので雨の中案内してもらった
道は朝比奈川の宮島橋を渡った所から
細い林道を10分、頂上に着く
そこに小さな稲荷があり、麻疹稲荷という
昔麻疹の回復を祈って祀られたのだろう
スギとシイはその稲荷のすぐ後ろに立っ
ている。両脇に樹齢100年以上のスギが
守るように立っている
スギは300〜400年程度のものと思われ、
幹にコブがあり少々見場が悪い。ズタジイ
もなかなか古いものだ
村越さんの茶畑はここから50M程の所
にある。峠からは岡部町がよく見え、夏は
風が涼しいという。楽しみは地バチの子を
取って御飯に混ぜ食べることだという。
私は食べたことはなくどうも食べる気もし
ないが、とてもおいしいという

2003,3,7撮影



蔵田鳥居原のタマノキ(ホルトノキ?) (藤枝市)





藤枝市蔵田
鳥居原遠藤さん宅

タマノキ 無指定
目通り 5.0M
樹高 15.0M
樹齢300年前後

道の通りすがりに偶然見つけた
常緑樹で、根元に近づくと幹は
白い肌でツヤツヤしている
家の人は「タマノキ」といってい
るが、図鑑を見ると「タマノキ」と
いう種はない。いったい何という
名前の木なのだろうか
木のそばに小さな稲荷があり
鳥居原と呼ばれている

2004,12,13撮影

追記 (2005,6,11)
6月上旬静岡市大岩1丁目(通称
大在家)の杉山さんのおばあさん
に会い、庭先の木は何?と聞いた
ら「タマノキ」という。更にある人が
来てこの木は「ホルトノキ」であると
言ったそうである。
そこで思い出したのが、鳥居原の
タマノキである。これもホルトノキで
あると思われる。
タマノキとは先祖の言い伝えで、「
魂が宿る木」のように私には思われ
る。

青羽根大井神社のスギ(旧岡部町)





モミ



岡部町青羽根(あおばね)
大井神社

岡部町指定天然記念物
目通り 5.8M
樹高 28.0M
樹齢 700年 看板による

当地の「楽しく山登り」というホームページ
をみていたら載っていたので来てみた。
静岡の自宅から車で約1時間だ。
朝比奈川を遡り、玉露の里を過ぎ、道は
青羽根の林道に入る。15分ほど行くと15
軒ほどの小さな集落に着く。通りすがりの
ご婦人に神社を聞くと親切に教えてくれ
た。ホームページにあるように平家の落人
の村かと尋ねると、古文書があり、そうだと
いう。
神社は小さな駐車場から山道を5分ほど
登ったところにある。下から見るとこんもり
木が茂ったところが神社だ。途中、和合
の樹の看板があり、目通り2.0M、樹高
20.0Mほどのモミがある。
スギは社殿の裏に立っていた。周りは
鬱蒼としたスギ林で暗い。神社の創建が
1467年だそうで、スギはそれ以前のもの
か?


2006,2,5撮影

小夜の中山 久延寺のスダジイ(掛川市)
                 きゅうえんじ







家康をもてなした茶室跡


久延寺の夜泣石


R1小泉屋裏の夜泣石


小夜の中山峠の旧東海道
お茶畑が広がる昔の雰囲気
の感じられる数少ない道である




夜泣石を覗き込む旅人
掛川市小夜の中山
久延寺

スダジイ
目通り 4.0M
樹高 8.0M

惣門の右に傾いて立っている。
ごつごつした肌。樹齢は300年
前後か。上部は傷んで折れて
いる。往時は樹高が15M位は
あったであろう。道路に倒れな
いように丸太で支えられている。

733年頃、行基により創建され
たと言われている真言宗の古
刹。1600年、秀吉死後三成に
つくか家康につくか迷っていた
掛川城主山内一豊が寺の庭に
茶室を設け会津の上杉景勝征
伐に向かう家康をもてなしたとい
う有名な寺である。(NHK功名
が辻より)
既に茶室はないが跡地の碑があ
る。また、本堂近くに夜泣石があ
る。
夜泣石異聞〜夜泣石が2つある〜

夜泣石は安藤広重の絵にもあるよ
うに、東海道の沓掛の近くの路上
にあった。
明治元年天皇がここで休憩された
とき、路上から久延寺に移された。
明治13年時の住職が浅草の勧業
博覧会に出品したものの偽物が先
にあり失敗する。船で焼津港戻され
るもそのままになっていたものが、今
R1土産物小泉屋の裏の公園に移
されたようだ。明治18年と昭和12年
には所有権確認訴訟が行われ寺が
敗訴。
久延寺の夜泣石は夜泣石物語の小
石姫を弔うため昭和40年頃門前の
傍らにあったものが境内に移された。
詳しい情報は下記ホームページを
ご覧下さい。
夜泣き石異聞
アクセス
R1バイパス金谷方面からトンネルを
3つ越えたところを左折。150M位行
ったカーブミラーの所を右折、旧東海
道の狭い道を500M程行く。
あるいはR1のトンネルを越え、小夜の
中山公園の標識を左折。
沓掛方面は道が狭いうえ、急坂なの
で自信のない人は向かわないように。
芭蕉や西行の句碑や歌碑もあり、静
岡県では数少ない昔の東海道の雰
囲気が感じられる道である。

2006,12,27見学
2007,1,5再訪、撮影

日坂 事以八幡宮のスギとクスノキ(掛川市)
        ことのまま 








旧本陣 扇屋 今は幼稚園
当時建坪が230坪位あった


幕府令を掲げた高札場


遠州33観音 相伝寺


旅籠 川坂屋
昔の宿場町の空気が伝わってくる
掛川市日坂
事以八幡宮

クスノキ 掛川市指定天然記念物
目通り 6.0M
樹高 31.0M

スギ 掛川市指定天然記念物 
目通り 6.3M
樹高 36.5M

立派なスギで御神木になっている
スギは樹齢500年前後と思われる
事以八幡宮と目と鼻の先の東海道25
番目の宿場日坂宿を併せて訪れると
良い。
本陣や昔の旅籠が保存されている。

今の建物は1852年日坂大火後再建
されたものだ。
1600年代はこの付近に700名の村
民がいて、内300名が伝馬という荷役
作業についていたが、生活は極度に
苦しかったようだ。というのは参勤交
代の代金が一番早い薩摩藩でも3年
後であったそうである。本陣2代目片
岡清兵衛は1613年この窮状を幕府
に直訴し打ち首になったそうである(
翌年516俵の扶持米を得る。説と、
1644年3代目片岡金左衛門が強訴、
扶持米を得る、があるようだ)
興味のある方は下記ホームページを
参照下さい。
宿場の窮状を幕府に直訴
2006,12,27見学
2007,1,5再訪、撮影

掛川城のエノキモチ(掛川市)


葉がある方がクロガネモチ



御殿左上に見える


エノキモチから見る掛川城
見る位置によって形が随分違う
掛川市 掛川城内
 御殿裏

目通り 4.0M
樹高 15.0M

「エノキモチ」という木はない。
看板にあるようにエノキとクロガネモチの合着
であり、非常に珍しい。看板には駄洒落で「
絵の気持ち」と書かれている。

国の重要文化財御殿の丁度真後ろにある。
推定樹齢は100〜150年である。
2007,1,8撮影

石雲院のスギ(牧ノ原市)





惣門


木々の間より垣間見る山門と本堂


道元、中国での修行時の禅問答の像
意味は難しい!※


本堂入口の上諏訪立川一門の彫刻
牧之原市坂口
石雲院

スギ 無指定
目通り 4.5M
樹高 30.0M スラッとしたスギだ

ご当地の「時代屋」というHPを見て
いたらライターもふとしたことから発
見したという古刹が載っており、更
にスギやシイ、ヒノキの古木に囲ま
れていることに興味を惹かれやって
きた。
インター南の能満寺のソテツを久し
振りに見た後、裏山の小山城を見
学。その後寺に向かうが、地図で見
たより遠く2、3回道を聞く。寺は静
岡空港の滑走路のり面が迫る脇に
鬱蒼たる木立に囲まれていた。
惣門前に車を止め、階段を進む。
昇り切ったところに山門がある。い
ずれも市の文化財だ。その奥に本
堂がありその左50M位離れたとこ
ろに大きなスギが立っていた。
樹齢は300〜400年前後と思われ
六地蔵の横のものにしめ縄が懸け
られ御神木と思われる。

この寺は1455年開山の曹洞宗の寺
で、近くの切山にあった勝間田城主
が寄進をしたそうである。今川、武田、
徳川と3つの時代を経て、この間2回
の火災、1回の戦火により焼失、再建
されている。特に今川が滅んだ後、信
玄と家康のせめぎ合いは凄まじいもの
があったようだ。
私見ではあるがこれだけの古刹故
もう少し大木があってもと思うのだが、
本堂に近くにあったものは火災で焼
けた可能性がある。
本堂と山門は1840年頃の火災の後
の再建で、信州上諏訪の立川一門の
作による彫刻が施されている。
よくは知らないが、このような寺は京都
辺りに行けばあるかもしれないが、先
般載せた湖西市の本興寺といい本寺
といい静岡県ではなかなか味わえな
い雰囲気を持っている。
木だけでなく古刹に興味のある方に
はお勧めだ。

※その後県の埋蔵物調査の先生に
会う機会があり、お伺いしたところ、人
にはそれぞれ果たすべき役割がある
という意味だそうだ。

アクセス
今回通らなかったが、ICより北へ2つ
目の信号を左折し、静岡カントリーク
ラブを過ぎ、静岡空港の真下を通る
トンネルを使えば一番良いように思う。

2007,1,29撮影

バラの丘公園そばのバッコヤナギ(島田市)





根元は3本に分かれている
幹は縦の切れ込み、
コケがかなり付いている


葉は長楕円形でヤナギでは珍しい

島田市野田652
バラの丘公園そば

オオバヤナギ 無指定
根回り 4.0M
樹高 10.0M
推定樹齢 50〜100年

先日バラの丘公園に見学にいった際
50Mほど手前の歩道の脇に名前の
分からない樹があった。幹はコナラか
ヤナギのようであり葉は桜のような形
で柔らかく光沢がある。葉の裏は白く
なっている。余り見たことのない木だ。
それとこの木のために壁を曲げ、わざ
わざ保存してある。
市に聞けば分かるだろうと、市役所に
電話する。建設課の人がでたがどうも
話が通じない。3人目の方がやっと話
が通じ分からないが、見に行って答え
るということになった。1時間ほどして
電話があり、中央公園で手入れをして
いた庭師に聞いた所やはりヤナギらし
い。名はカワラヤナギというにのかもし
れないという。(図鑑を見るとカワラヤナ
ギという種はなく、一番近いのはオオバ
ヤナギだ) ヤナギというと流線型の葉
がほとんどであるが、このヤナギは珍し
い。静岡近辺でも少ないのではないか。
そんなことで今から20〜30年前歩道
整備の際ちょっと珍しい木なので切る
のは忍びないと心ある担当者が残され
たと思う。忙しい中わざわざ見に行って
調べてくれた職員の方には厚く御礼を
言いたい。

2008,5,18撮影

※2010,1,11記 図鑑を見ていたら
葉の形や樹皮からどうもバッコヤナギら
しい。オオバヤナギは葉の縁に波状の
鋸歯がある。この木の葉はほぼ全縁だ。
ここに訂正をいたします。


鬼岩寺門前のモミ(藤枝市)
藤枝市藤枝3丁目
鬼岩寺門前

モミ
目通り 2.95M 実測値
樹高 10.0M

宝篋印塔を見ようとやって来た。
門前に斜めに生えた大きな”マ
ツ”が立っていた。
近づいて写真を撮ろうとすると”
マツ”ではなくて葉が”モミ”であ
った。
こんな平地にモミは珍しい!昔
この場所も寺の敷地で、多分20
0年ほど前植えられたのだろう。
計った時肌に触れたらざらざらし
た感じでかなり樹齢は立ってい
ると感じた。そのため樹冠は10
M程の所で折れている。このモ
ミは結構順応性が高いように思
った。

2011,1,25撮影

青山八幡宮のスギほか(藤枝市)

スギ1 御神木
  
スダジイ                 スギ2
  
スギ3           樹林に付いた石階段              本殿
藤枝市八幡(やわた)
青山八幡宮

スギ1
目通り 4.75M 実測値
樹高 30.0M
御神木

スギ2、3
目通り 2.7M
樹高 25.0M

スダジイ
目通り 3.0M
樹高 20.0M
鬼岩寺の見学の帰り、葉梨川の所
に来ると小高い山の頂上付近に大き
な木が見えたので、車を止めて登る
ことにした。
すぐの所に御神木の大きなスギが立
っている。本殿の手前にはスギ2本と
スダジイの大木がある。
全山鬱蒼とした森だ。由緒によれば
1065年後冷泉天皇のころ源義家が
奥州征伐に出かけた際京都の男山
に似ていると行って石清水八幡宮より
勧進を受けて創建されたという。江戸
時代は歴代田中城の守護神として崇
敬集めたという。

2011,1,25撮影

アクセス
山頂まで約10分

大林八幡宮のモミ、スダジイ(島田市)
 
モミ                 スダジイ
島田市大草
大林八幡宮
(扁額に今川範氏創建と社名
がこのように書いてあった。地図
では八幡神社となっている)

モミ
目通り 2.7M
樹高 25.0M

スダジイ
目通り 2.5M
樹高 25.0M

慶寿寺の丁度真南に大きな木が見え
たのでやって来た。
寺の隣り合わせである。
来てみるとこちらは神社で寺と同じ範
氏創建の額が掛けてあった。
スダジイは御神木の様であるが、モミは
標高から多分植えられたものではない
かと推測する。

2011,2,1撮影

アクセス
道路から200M程はいる。大きな木が
見えるので分かるだろう。

東光寺のヒヨクヒバ(島田市)
島田市東光寺
東光寺

ヒヨクヒバ
目通り 4.0M 実測値
樹高 12.0M

「宝篋印塔」の探索の為やって来たが
墓はなく、本堂左にあるこの木を見付
けた。2M程の所で二股に分かれ、更
に上部では5〜6本に分かれている、
珍しい形をしていた。
近くに明治時代の鬼瓦がおいてあった
(左)。

2011,2,1撮影

アクセス
大津忠魂社の手前から抜ける道がある。

静居寺のスギ(島田市)
せいごじ

総門−県文化、17世紀京都から移築したもの           楼門(鐘楼)と奥の本堂−県文化

上から撮す
島田市伊太
     いた
静居寺

スギ
目通り 4.65M 実測値
樹高 25.0M

「宝篋印塔」の探索にやってきた。
静居寺は16世紀初め賢仲繁哲に
よって建てられた寺だそうだ。
総門の前に大きなスギが立ってい
る。
その門をくぐると70〜80M位参道
の先に楼門(鐘楼)が見え、その
奥に本堂が見える。
楼門の手前にも目通り2.5M程の
スギが立っていた。


墓地には大井川の川庄屋で俳人の
塚本如舟や島田宿旧家の墓が多い
という。
よく手入れがされていて虚飾を廃し
た荘厳な感じのする寺であった。

2011,2,1撮影

アクセス
バイパス旗指ICより5分。左折、左折
でバイパスをくぐる。

撰要寺のケヤキ他(掛川市)
 
ケヤキ                    タブノキ?

横須賀城城壁と階段                        同レリーフ
 
番所
掛川市山崎
撰要寺

ケヤキ
目通り 2.4M
樹高 25.0000M
山門右

タブノキ?
目通り 2.0M
樹高 15.0M
山門左

お断りしますが、このページに載せなくても
よい大きさですが、旅の記念に載せました。
またデジカメ電池切れでDPEを利用した
のがあり、一部いい写真ではありません。

宝篋印塔の見学にやって来た。予想外の
巨大な宝篋印塔で墓というより”記念碑”的
な大きさで、この巨大さの発想はどこから
来ているのでしょうか?比較にはなりません
がピラミッド的な発想なのでしょうか?
(※興味のある方は「静岡県の宝篋印塔
をご覧下さい)
ケヤキは1本とタブノキ?は何本かありまし
た。
その後近くの国史跡横須賀城址と番所を
見学しました。撰要寺は横須賀城主大須
賀氏の創建です。
平山城で当時はすぐ側まで入り江があっ
て海路の要衝でもあったそうですが、安政
の大地震で埋まってしまったそうです。明
治の廃城で建物は失われ、今残っている
は番所だけだそうです。

2011,2,17撮影

アクセス
R150からのアプローチとなります。

常願寺のカヤ(藤枝市)
 


萬松院の途中にありました。
鴫谷家(しぎやけ)は代々医者で、この長屋門で治療をしたと書いてあります。
 
萬松院と常願寺へ行く看板。               「里山の道」の看板です。ミカン畑が広がり本当にのどかな所です。
藤枝市子持坂(旧岡部町)

カヤ
目通り 4.5M
樹高 20.0M
表示による。実際は5.0M位はあり
そうな感じでした。
S47旧岡部町指定天然記念物

萬松院の宝篋印塔を見た帰り、山か
ら下りて来る途中でこのカヤを見付
けました。カヤの松らしいいい匂い
がしてきました。
その下に「長屋門」の道標があり見
渡すとすぐ側に建っていました。

2011,5,24撮影

小夜の中山公園のスダジイ(掛川市)

右手前がやや太い
 
立派な石柱右奥がスダジイ                                  観音様
 
公園より100Mほど西の西富田方面に下る所の朽ちかけ始めた道標
※こちら側に来る人は少ないものの道標は時々点検して欲しいものだ
掛川市佐夜鹿(さよしか)
旧東海道近く(NTT無線中継所)

スダジイ2本
目通り 2.7M 太い方
樹高 15.0M

この辺りは牧ノ原台地の西側に当たり
低い山が複雑に入り組んで谷を形成し
ている。そこに茶畑が延々と続き静岡
県でもまたとない独特の風景を醸し出
している。北には新幹線の車窓から見
える山頂に「茶」の大きな文字が書か
れた八高山が見える。天気がよかった
ので富士山もよく見えた。
旧東海道はここを通っていた。当時は
これほどの茶の栽培はなかったはず
で景色も全く別に写ったに違いない。
近くの久延寺は当時掛川城主であっ
た秀吉の家臣山内一豊が秀吉死後
徳川に付くか迷っていた頃上杉征伐
に向かう家康を茶室でもてなした所で
ある(茶室は今はない。一豊はこの後
家康に付くことを決めた。相当以前NH
K大河ドラマ「功名が辻」でも放映され
た)。



私は今回永宝寺奥の奥山3池に行く
際道を間違え西富田の道を奥へ奥へ
と進んだところ偶々小夜の中山公園
に出てしまった(怪我の功名かも)。
そこにこのスダジイは立っていた。こ
の辺りには自生のスダジイが多い。し
かし殆ど茶畑になって残されたものも
数少ない様だ。
のどかな茶畑風景。その中にいにしえ
を忍べる旧東海道が続き、その散策
のついでに立ち寄るのも一興であろう。

2013,1,1撮影

アクセス
R1日坂バイパスからは直接車で上れ
る道はない。バイパス東側から大回り
して久延寺に行くとよいだろう。












小国神社のモミ(森町)
 

「勝負運に強い」といって墓が削られたのでオリに入っている
周智郡森町一宮
小国神社

モミ
目通り 4.0M
樹高 30.0M

森町は平成の合併をしなかった県下でも
少ない町である。また次郎柿発見の地、
清水次郎長の子分森の石松の生地とし
ても有名だ。
小国神社は静岡県に住んでいれば一度
くらいは来ても良さそうだが私は初めてだ。
野鳥観察で訪れた。
大宝殿の脇を通り宮川沿いのスギの大木
の鬱蒼とした森をしばらく行くとこのモミは
川の方へ斜めに傾いて立っていた。周り
のスギは太い物は直径1M位はあるがス
ギとしてはイマイチなのでこのモミを取り
上げさせてもらった。ここまで来ると神社の
喧噪もなく深い森の中で1400年という神
社の歴史を静かに味わうことが出来るいい
場所だ。
この後私どもは北へ進み峠を越えて上橘
経由で大洞院に着き石松の墓を見学した
が、峠までの道は暗く荒れていたので注
意。
※樹種については落ち葉などで確認した
訳ではなく低標高なのでモミとしたが、樹
形がモミらしくなくツガのようにも考えられ
る。もう一度確認する必要があろう

アクセス
近くには新東名も通っている。掛川森IC
を利用するといいだろう。